ZENRIN YOUTH

過去記事 for the ‘青年信友道座’ のカテゴリー

諫早青年部

9月2日に諫早青年部の道座へ行って参りました!

お祈りをした後、みんなで近況報告などをして、語り合いをしましたヾ(●’∀’●)ノ

これを機に、また更なる信仰をしていきたいものです(人*´∀`)

福岡教会に行って参りましたぁー!

かなりふるい、今夏の話しですが・・福岡教会の道座がありましたヽ(´ー`)ノ
お忙しい中、本庁から田口先生が来てくださいました☆

まだ人は集まってませんが、時間もありますので、先にお祈りです・・・( ´-`)

その後、今日は『三宝の人生』についてお勉強です。

三宝の人生の三宝とは、明朗・切替・和合のことです。
田口先生から貴重なお話をしていただき、
これからの生活の中に少しでも実践できるといいなと思いました(*^▽^*)


それから語り合いです。
田口先生のお話を聞き、思った事などを、近況報告も交えてお互い話します(・∀・)


集合写真ですヽ(^∀^*)ノ
みんな笑顔が素敵ですねヽ( ´ ▽ ` )ノ

皆さん、各地で行われる集いにも是非ご参加下さい♪

 

【福岡】青年信友道座

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6月13日(水)、福岡教会で青年信友道座を行いました。

今回ののぞみ会では、御神尊様のおっしゃられる「人間の三大不幸」の一つ「無口」について学習しました。ありのままの自分を表現する事、そしてその中から相手を思いやれるよう努力していけば、必ず意義ある人生、価値ある人生を送れるということを学ばさせていただきました。

この日は、新人さんが参加されていましたが、お話に感銘をうけて、喜んで帰途につかれた事をご報告いたします。

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※ 福岡青年部では、毎月第2水曜日に教会に集まり、青年信友道座を行っています。ご連絡いただければ、JR鹿児島本線博多or竹下駅へ送迎に参ります。または、西鉄バス「板付6丁目」より徒歩すぐです。時間は、夜8時から10時30分くらいまでです。

お気軽にkotaro@brunabook.comまでお問い合わせください!

【福岡】青年信友道座

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5月9日、福岡教会で青年信友道座を行いました。特に福岡では、韓国青年平和の翼参加者が多く、「今まで気づかなかったことに気づかせられた」「また韓国に行きたい!」など韓国の話題で大変盛り上がりました。来年はさらに多くの方を韓国青年平和の翼にお誘いしたいと多くの参加者が語り合いました。

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※ 福岡青年部では、毎月第2水曜日に教会に集まり、青年信友道座を行っています。
ご連絡いただければ、JR鹿児島本線博多or竹下駅へ送迎に参ります。
または、西鉄バス「板付6丁目」より徒歩すぐです。
お気軽にkotaro@brunabook.comまでお問い合わせください!

辛いときほど

諫早青年部のぞみ会

求めよ さらば興(あた)へられん つとめよ 然らば幸ひ 自ら汝等の胸中より湧出でなん(聖経八十三節)

今回ののぞみ会では、これまでの人生の中で「一生懸命に努力してきたこと、がんばってきたことは何か」を語り合いました。

青年  保育士になってから、あまりにも覚えなければならないことが多く、ずっと辞めたいと思っていました。でも辞めるまでの5年間は、一生懸命にがんばって働きました。この時、親元を離れ、一人暮しをしてみて初めて、親のありがたさもわかりました。

継主様  学校で習ったことと実際の現場での保育では、やはり違うことが多かったでしょう。学生から社会人への変化を受け入れるのも大変な事です。御神尊様は、人間には底知れぬ力があることをご発見なされました。だから、自分自身の力を発揮していけば、必ず実現できると示されているのが八十三節なのです。

青年  学生の時、美容師の国家試験に合格するために、一生懸命にがんばりました。研修で美容師の仕事をしてくたくたになって帰ってくると、母が食事の用意をしてくれていました。

継主様 人間は、自分なりの負荷をかけないと、次のステップへ進めません。その時、「父母がこれだけ心配してくれているから..」と父母の支えのおかげでがんばれるのですね。そのように、人間は誰かのサポートを受けているし、誰かをサポートして生きていることを知らなければなりません。

親様 去年の今頃は、いろいろな事があり、ずっと泣いていました。だから、「御聖経」の祈りをささげようと心に決め、祈りの中で神様に「どうすればいいのですか?」と、ずっとお尋ねしていました。すると神様は「どんな時でも笑いなさい。すべては己しだい。自分の運命は自分で造ったのだから」とお言葉をいただきました。

継主様 それが八十三節の<求めよ さらば興へられん>ということです。道を求めて祈れば、神は必ず、運命を開く道を授けていただきます。「がんばります」とお誓いするのもいいですが、迷っているとき、悩んでいる時、どうすればよいかを素直に神にお尋ねする祈りをささげることは、もっと大切です。

青年  中学の時に荒れて、いろいろ悪いことをしていました。その時(中学の)先生たちからかなり熱心に指導を受け、何とかまともな生き方ができるようになりました。今は生徒会にも入り、がんばっています。将来はやはり中学校の先生になりたいと思います。

継主様  あなたの生き方を立て直そうと、一生懸命にあなたに関わってくれた(中学校の)先生に出会わなかったら、あなたは今のようにがんばれなかったかもしれませんね。今後、また行き詰まったときには、神様にその答えを求め、乗り越えてください。

親様  気が小さいので、すぐに悩んだり囚われたりしてしまいます。20年近く母と妻との間で悩み、それを誰にも言えなくて心臓病になったこともありましたが、今ではなんでも本音を言える夫婦になることができ、とても幸せです。

継主様 顔では笑っていても、腹の中で憎み咎めているのが多いのが人間です。でも本音のところでは、誰とでも仲良くやっていきたいと思っているのです。それは、人間には神より皆と仲良くできる能力を本質的に与えられているからです。これから、青年は結婚し、家庭を営んでいくことになるのですが、「御聖経」に示されているように、人生は苦悩の連続です。でも辛いときにこそ、「今、私はどうすればいいのでしょうか?」と素直に神に尋ねてみてください。そうして神にすべてを委ね切れたとき、必ず自力を発揮できる力を授けていただきます。信仰の先輩である親様の体験を糧として、親様とともに精進され、未だ<善隣の道>を知らず迷い悩んでいる青年さんへのお声がけをよろしくお願いします。

祈りと精進を忘れずともに磨き高まる

久留米青年部のぞみ会

心に道なく合掌の誠なき者は 常に憂愁と懊悩の虚妄に苦しみ 苦患の暗を行く

今回ののぞみ会では、御聖経六十五節について、今まで悩んだことで、信仰を通して、それをどう乗り越え、気づき、学んだかを語り合いました。

青年 昨年、家で大ピンチの出来事があったのですが、そのおかげで、主人がいっしょにお祈りしてくれたり、講習会を受講してくれたりして、とてもありがたかったです。何かある度に、それを喜びに変えると、良い方向へ進んでいけるようになりました。信仰とは喜び上手になることだと実感です。

継主様 信仰によって、ピンチをチャンスにして喜びに変えることができたのですね。神は、どんな事が起きても必ず光を注いで下さいます。ただ、その出来事に起きた<気づかせ>は何かを真剣に考え、反省して、善隣の道を実践することが大切です。

青年 私の主人も、今までは信仰に全く振り向きもしなかったのですが、昨年の青年大会のときから、善隣誌を読むようになり、お祈りもいっしょにしてくれるようになりました。とてもうれしいです。

継主様 それはありがたいことですね。<合掌の誠>とは神を思う心です。それは祈りによってしか培われません。ぜひまたご主人と善隣教をお詣りされ、ともに高まっていかれてください。

青年 学校に通っていたときが一番悩みました。一度悩むと一週間くらい引きずっていたのですが、「悩んだっていっしょじゃない」と自分に言い聞かせ、深く悩まないように心掛けてきました。そして今やっと神にお任せできるようになりました。

継主様 成長しましたね。何度も悩みを繰り返しながら、やっと深く悩まなくていいようになったのですね。「明るさ・柔らかさ・優しさ」という生きていく上でもっとも大切なことを培っていくことが、人間としての真の強さなのですよ。

青年 昨年、ワープロ検定にクラスで一人だけ落ちて落ち込んでいましたが、教会長から「善隣誌を一日1ページ練習してごらん」と言われ、それを一年間続けたら、今年は満点でした。

継主様 それはすばらしいですね。でも、両親のおかげ、先生のおかげで合格したのだという感謝の心を忘れてはなりません。そして、その感謝の思いは、言葉と態度で表すことです。未だ善隣の道を知らずに迷い悩んでいる友をおみちびきし、ともに磨き高まっていこうではありませんか。

日々の祈りと実践で生きる力を育む

宇部青年部のぞみ会

<人生は苦悩なり されど一度び道を知らば 憂苦は晴れ光明となる>(御聖経六十六節)

今回ののぞみ会では、御聖経六十六節について、今までの人生の中で、あのときは辛かった、苦しかったと思ったことを語り、それをどう克服し、立ち直っていったかを話し合いました。

青年 どうしたらいいのか分からず、一人悩んで暗く長いトンネルの中を彷徨っていたことがあります。そんなとき、知人が話してくれた言葉に「私はこのように生きていけばいいのだ」とまるで神の声を聞いたかのように、心の中に光が射しました。それからいつも、その言葉を思い出して乗り越えています。

継主様 それは素晴らしいですね。人間関係の坩堝(るつぼ)にはまり込むと、一人で考えても、なかなかそこから抜け出すことができません。しかし、六十六節に示されているように、苦悩が絶えない人生も、善隣の道にすがって乗り越えていけば、いつの日か神のもとへ旅立つ時に、「素晴らしい人生だった」と思えるようになります。

親様 私は自分の苦労はそっちのけで、兄弟のお世話をしてきました。それでも、深く悩まずに何とかやってこられたのは、善隣の道のおかげです。でもその分、主人に苦労をかけたなと思っています。

継主様 六十六節に<人生は苦悩なり>とありますが、生きている間、何かに苦悩するのが人生です。その苦悩があるからこそ、また生きる力が湧いてくるのです。

青年 私は昔、縦隔腫瘍という難病に冒されました。その時はとてもおそろしかったのですが、今思えば、自分が成長する良いきっかけになったと思います。何でも自分の思うようになると思っていて、すべてが中途半端な人間だったからです。

継主様 病気によって自分を成長させていこうという心が自分自身を立て直していったのですね。

青年 信仰するようになって、悩みに押し潰されることが少なくなりました。物事に大きく囚われることがなくなったと思います。

継主様 信仰によって見方や考え方がかわったので、物事を大きく捉えられるようになったのですね。

親様 結婚するまでは、全然苦労はなかったのですが、結婚してからは苦労の連続です。立ち直っては落ち込み、落ち込んでは直り、なかなか成長できません。娘によい縁談もなかなか決まりません。

継主様 すべては一念万映です。より強く神に念じ続けることが大切です。祈りを怠らずに精進すれば、必ず実現します。しかし、同じ事で繰り返し苦悩するのは、あまりにも成長がなさすぎます。常に反省懺悔から改善向上へと高めていってください。

青年 一時は人間関係で悩んだこともありますが、信仰のおかげで、今はそんなに気にならなくなりました。お金や物に対する執着がほとんどなくなり、そうしているうちに、自然と人に対するこだわりがなくなってきました。人間関係で引っかかることがあっても、スルッと抜け出せるようになりました。

継主様 今までは、人を見ては、引っかかっていたのですね。

青年 まじめに考えすぎるので、間違っていることは間違っていると頑として人を責めていました。

継主様 そこが成長したのですね。

青年 はい。言うのは言うけど、その人の立場を考えて柔らかく言えるようになりました。きつく言わず、相手に理解してもらえるように言おうと心がけています。

継主様 人間関係の中で、どうしてもぶつかってしまうのは、言い方に問題があるからです。感情がこもり語気が強くなると、相手に受け止めてもらえないときがあります。どう言えば相手からどう受け止められるのかを考えながら話す経験を積んでいくしかありません。

青年 就職が決まって仕事をしているのですが、とても神経を使いストレスが溜まります。一生懸命にやっているのに、怒られてばかりで、辞めたいと思いながら、もう少しとがんばって勤めています。

継主様 まずは半年、がんばってみてください。人間は揉まれながら磨かれていくのですから、相手への言い方を考えながら、相手とうまくやっていけるようになると思いますよ。どんな苦難に出会っても、それに立ち向かい乗り越える力を培うためには、日々の祈りを大切にし、善隣の道を実践していくしかありません。これからも、しっかり精進されてください。

(善隣誌 2006年3月号より抜粋)

今年は「こうありたい」という夢や希望を語り合おう

福岡青年部のぞみ会

<神は汝等の妄想顛倒(まよ)へる悪夢より この罪と病ひと死との迷いに夢醒さしめ 罪に泣き病ひに泣き死に泣く汝等に 本来罪なく病ひなく死なき道を悟らしめ 光明円満ならしめんが為に在り給ふ>(御聖経六十一節)

継主様 平成18年度の青年信友道座(のぞみ会)では、昨年に引き続き善隣教の根本経典である「御聖経」に示されている一節をテーマに語り合い、親様と偕に磨き合っていただきたいと思います。それでは、新年を迎え、今年は「こうありたい」という夢や希望を、決意を語り合い、六十一節を考えていきましょう。どうですか?

青年 私は春になると、どうしても心が弱くなって「死にたい」と思うようになり、ひきこもってしまいます。だから今年は、それを克服できなくても、受け入れれるようになりたいと思います。

継主様 誰でも心が弱くなって落ち込むときがあります。みなさんの中で「死にたい」と思ったことがある人、手を挙げてみてください。
==数人、手を挙げる==

親樣 戦時中、兵隊だった私は、敵の飛行機がどんどん飛んでくる中を必死で逃げて行く時、ふと「死」を考え、母の顔が浮かんだものです。その後、結婚してからは、二度ほど胆石ができ、あまりの痛さで「このまま死ぬのではないか」と思ったことがあります。その時はすでに信仰をしていたので、自分の硬い性分に落ち込みましたが、今日から生まれ変わろうと決意しました。その時ほど「御聖経」の一節一節が身に染みてありがたいと思ったことはありません。

継主様 後は決意したことを、いかに日常生活の場で実践できるかですね。この瞬間瞬間を、どう明るく円満に生きていくかです。皆さんのまわりにも、「死にたい」と悩んでいる人がいませんか?その人たちと偕に幸せになることが、みなさんに与えられた使命です。偕に手をとっていきましょう。
感謝できる人になる

青年 昨年はいろいろあって、変動の年でした。でも、青年専門講習会を受講してから、自分を見つめ直すようになり、周りに生かされていることがわかってきて、感謝する気持ちが芽生えた年でした。だから今年は、自分の取り巻く人たちに、自分が良い影響を与えられる人間になりたいと思います。

継主様 その感謝の言葉を忘れず、「ありがとうございます」と表現することが大切です。信仰している青年の心には神(道)があるので、人を惹きつけるオーラがあります。それを磨き高めるために青年の活動があるのです。さらに精進してください。教会長先生はどうでしょうか?

教会長先生 信徒の皆さんの幸せと子や孫の幸せを祈るのが、わたしの希望であり、願いです。しかし、それには先ず、わたし自身が主人に感謝し、主人を大切にできる人間になることが根本だと思っています。

継主様 教会長先生でさえ、常に夫婦や親子間の信仰に心がけておられるのですから、私たち青年はもっと心がけなければなりませんね。
我欲をすてて、我人偕に高まる

青年 私は自己主張が強く、職場でも自分がこうだと思い込めば、その意見を通していました。でも、今年は先ず人の話をよく聞き、みんなと仲良く仕事をしていこうと思います。

継主様 そういうふうに考えれるようになったのも、ご両親や御先祖様の信仰のおかげです。その気持ちを忘れずにさらに自分自身を改善向上させてください。

青年 上司と後輩間のトラブルで、とても悩んでいました。それで、親から善隣教の講習会に勧められ、ケンカしても次の日に謝ればいいのだと、素直な自分になれ、人間関係がスムーズにいくようになりました。もっとみおしえを学び、自分を磨いていきます。

継主様 青年は、社会の荒波が襲ってきた時に初めて、親の信仰のありがたさに目覚めます。そして新たな自分を発見し、さらに自分を高めていくことができるのです。そのためにも「御聖経」の祈りを欠かさず、今年一年の決意を実践できるように、御神尊樣に感謝し、さらに信仰に精進いたしましょう。

(善隣誌 2006年1月号掲載)